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学会雑誌抄録

『日本甲状腺学会雑誌』 2014年10月号(Vol.5 No.2)


[特集1]放射性ヨウ素不応性をどう考えるか

放射性ヨウ素治療不応性の転移再発甲状腺分化癌をどう取り扱うか:分子標的薬の適応について考える

放射性ヨウ素内用療法の限界と不応症

放射性ヨウ素内用療法実施症例における治療効果と治療抵抗性についての考察 ― 臨床的視点からはどう考えているのか ―

分化型甲状腺癌における放射性ヨウ素内用療法不応性症例の判断および治療方針について

[特集2]甲状腺腫瘍と遺伝

甲状腺専門医に必要な遺伝医療に関する基本認識

多発性内分泌腫瘍症2型の診断と治療

甲状腺髄様癌の診断と治療

家族性大腸腺腫症の甲状腺病変

ヨウ化カリウム内服中にテクネチウムシンチグラフィを行い,無痛性甲状腺炎と誤診した軽症バセドウ病の2例

[興味ある発表]

重度バセドウ病(GD)に対するMMI 30mg単独(M30)療法とMMI 15mgとヨウ素38mg併用(M15+I)療法の初期治療効果,有害事象および寛解率の比較

シリーズ[ちょっとした疑問]

福島県小児甲状腺健診で小児甲状腺癌が以前の予想より多かったことについて

[特集1]放射性ヨウ素不応性をどう考えるか

放射性ヨウ素治療不応性の転移再発甲状腺分化癌をどう取り扱うか:分子標的薬の適応について考える

伊藤 康弘*1,2,宮内 昭*1
*1:隈病院外科,*2:隈病院治験臨床試験管理センター

Key words
◉ 放射性ヨウ素不応性の甲状腺分化癌(RAI-refractory differentiated thyroid carcinoma),
◉ 予後(prognosis),◉ 分子標的薬(molecular-targeted agents)

要旨
甲状腺分化癌はおおむね予後良好であるが,ときとして切除不能な局所あるいは遠隔再発を来す。これらに対しては主として放射性ヨウ素(RAI)治療が行われるが,それが不応となった場合,従来は甲状腺刺激ホルモン(TSH)抑制以外に治療法はなかった。最近,分子標的薬がこれらに奏効するという研究が進んでいる。今回は,初回治療からRAI治療が無効であった74症例の予後および予後因子を検討したが,5年および10年癌死率は5%および30%であった。また,転移発見時60歳以上,男性が独立した生命予後因子であった。これらは慎重に経過観察を行う参考にはなるが,それでも多くのRAI不応症例は経過が長いので,有害事象の発現率が高く,かつ高価な分子標的薬の適応については慎重に考える必要がある。転移巣の短期間での急速な増大やサイログロブリンダブリングタイムの明らかな短縮といったものが,分子標的薬投与のタイミングを決定する参考になると考えられる。

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放射性ヨウ素内用療法の限界と不応症

渋谷 洋*1,杉野 公則*1,長浜 充二*1,北川 亘*1,伊藤 公一*1,2
*1:伊藤病院外科,*2:大須診療所

Key words
◉ 甲状腺癌(thyroid cancer),◉ 放射性ヨウ素不応症(radioiodine refractory),
◉ I-131(radioiodine),◉ 内用療法(radioiodine therapy)

要旨
放射性ヨウ素内用療法は,遠隔転移を有する甲状腺分化癌に対する有用な治療法であるが,これに対する抵抗性を示す症例の治療に苦慮する。不応症は以下4カテゴリーに分類される。①遠隔転移病巣への取り込みを認めない症例。②過去にI-131の集積があったが,取り込み能を失ってしまった症例。③転移病巣にI-131の集積を認めるにもかかわらず,病状が増悪する症例。④1~3が混在する症例。放射性ヨウ素内用療法からの他治療法への変換時期の判断は難しいが,新しい治療薬として,分子標的薬の導入に期待がかかる。

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放射性ヨウ素内用療法実施症例における治療効果と治療抵抗性についての考察―臨床的視点からはどう考えているのか―

野口 靖志
野口病院放射線科

Key words
◉ 放射性ヨウ素内用療法(radio-iodine therapy),◉ 放射性ヨウ素抵抗性(radio-iodine refractory),
◉ 治療効果(therapeutic value),◉ 治療評価(treatment evaluation)

要旨
放射性ヨウ素内用療法に対する治療抵抗性(radio-iodine refractory)を議論するうえで,放射性ヨウ素内用療法の原理を理解しておくことは重要である。なぜならば,現時点で放射性ヨウ素内用療法の治療評価に対するgold standardはないため,治療抵抗性についても明確な線引きをすることが難しく,原理を理解しておかないと判断を間違える可能性があるからである。たとえ治療抵抗性と判断した場合であっても,まず外科的切除や放射線外照射などが追加治療として選択可能であるかを十分に検討することが重要であり,その際には可能な限りQOLを維持していくことに着目する。分子標的薬の使用については,病態を十分に考慮したうえで,この薬剤のもつメリット,デメリットを十分に検討し,使用を開始することが肝要である。

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分化型甲状腺癌における放射性ヨウ素内用療法不応性症例の判断および治療方針について

丸岡 保博*1,馬場 眞吾*1,磯田 拓郎*1,北村 宜之*1,佐々木 雅之*2,本田 浩*1
*1:九州大学大学院医学研究院臨床放射線科学分野,*2:九州大学大学院医学研究院保健学部門

Key words
◉ 分化型甲状腺癌(differentiated thyroid carcinoma),◉ 放射性ヨウ素内用療法(radioiodine therapy),
◉ 不応性(resistance),◉ 分子標的薬治療(molecular targeted therapy),◉ F-18 FDG-PET

要旨
分化型甲状腺癌に対し甲状腺全摘後の放射性ヨウ素内用療法(RIT)の有用性はすでに確立されているが,一方でRIT単独では転移・再発巣に対して治療効果が期待できない症例も存在する。従来このような症例においては標準治療が確立されていなかったが,近年分化型甲状腺癌RIT不応性症例に対する分子標的薬治療の有用性が報告され,わが国でも使用可能となった。分子標的薬治療という新たな治療の選択肢が加わったことで,今後は放射性ヨウ素の不応性症例の早期診断と治療戦略の確立が求められる。本稿では,分化型甲状腺癌においてどのような症例を不応性症例と判断し,その後の治療方針を選択するかに関し,近年広く用いられているF-18 FDG-PETでの高集積がRITの不応性の指標となる点を中心として,これまでの知見も含め検討する。

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[特集2]甲状腺腫瘍と遺伝

甲状腺専門医に必要な遺伝医療に関する基本認識

櫻井 晃洋
札幌医科大学医学部遺伝医学

Key words
◉ 遺伝学的検査(genetic testing),◉ 遺伝カウンセリング(genetic counseling),
◉ 安全管理措置(security control measures),◉ 全エクソーム解析(whole exome sequencing)

要旨
他の疾患と同様,遺伝性甲状腺腫瘍においても診断の確定や,予後の予測,治療法の選択,さらには血縁者における発症前診断などを目的とした遺伝学的検査が行われる機会が増えてきた。遺伝情報は診療方針を確定するために有用性が大きいが,一方でその情報の特性ゆえに検査を行う医療者が適切に認識しておかなければならない注意点もある。本稿では,遺伝性甲状腺腫瘍の診療において遺伝学的検査を考慮する甲状腺専門医が最低限知っておくべき遺伝学的検査の特性や遺伝カウンセリングの意義,最近のガイドラインの内容について紹介する。

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多発性内分泌腫瘍症2型の診断と治療

内野 眞也
医療法人野口記念会野口病院外科

Key words
◉ 多発性内分泌腫瘍症2型(multiple endocrine neoplasia type 2),
◉ 家族性甲状腺髄様癌(familial medullary thyroid carcinoma),◉ RET遺伝子(RET gene),
予防的甲状腺全摘(prophylactic thyroidectomy)

要旨
多発性内分泌腫瘍症(multiple endocrine neoplasia)2型は甲状腺髄様癌・副腎褐色細胞腫・副甲状腺過形成を主徴とする常染色体優性遺伝性疾患である。臨床的病型として2Aと2Bに分類でき,甲状腺髄様癌のみが家系内にみられる場合を家族性甲状腺髄様癌(familial medullary thyroid carcinoma:FMTC)と呼んで区別している。原因遺伝子は染色体10q11.2に存在するRET (rearranged during transfection)癌遺伝子である。MEN2およびFMTCでは,99%以上にRET 遺伝子の生殖細胞系列変異が証明できる。遺伝学的検査ではexon 10,11, 13~16を検索する。一見散発性の甲状腺髄様癌でも実は約10~15% は遺伝性であるため,髄様癌全症例に対してRET 遺伝学的検査が強く推奨されている。RET 遺伝学的検査により血縁者のキャリア診断がほぼ正確に診断できるため,欧米では小児に対して予防的甲状腺全摘も実施されている。しかし本邦では医療制度の問題,遺伝学的検査の費用負担の問題,遺伝カウンセリング体制の整備の問題など,今後解決していかねばならない問題がまだ未解決のまま山積されている。本稿ではMEN2とRET 遺伝子の歴史からはじまり,RET 変異によるRET蛋白の変化,RET 遺伝学的検査の意義と方法,MEN2の臨床診断と治療,小児甲状腺髄様癌の手術について解説する。

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甲状腺髄様癌の診断と治療

高見 博
伊藤病院外科

Key words
◉ 甲状腺髄様癌(medullary thyroid carcinoma:MTC),◉ 多発性内分泌腫瘍症2型(multiple endocrine neoplasia type 2:MEN 2),◉ 家族性甲状腺髄様癌(familial medullary thyroid carcinoma:FMTC),◉ 散発性甲状腺髄様癌(sporadic medullary thyroid carcinoma),◉ 予防的甲状腺手術(prophylactic thyroid surgery)

要旨
髄様癌は傍濾胞細胞を母細胞とし,遺伝性と散発性に分類される。前者は多発性内分泌腫瘍症2A型,2B型,家族性甲状腺髄様癌に大別される。遺伝性髄様癌の責任遺伝子はRET 癌遺伝子である。髄様癌が疑われる場合には血中カルシトニン値を測定する。遺伝性髄様癌ではRET の変異部位とリスク分類,予防的手術の時期のガイドラインがAmerican Thyroid Association(ATA)により発表されている。手術は甲状腺全摘と気管周囲リンパ節郭清が標準である。術後は定期的にカルシトニン・CEAを測定する。最近,進行髄様癌に対しRET や他のチロシンキナーゼ阻害薬受容体を阻害するチロシンキナーゼ阻害薬である分子標的薬が登場してきた。欧米ではすでにvandetanib,cabozantinibが臨床で使用され,lenvatinib,sorafenib,motesanibなども注目されている。

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家族性大腸腺腫症の甲状腺病変

覚道 健一*1,覚道 真理子*2
*1:近畿大学医学部奈良病院病理学,*2:兵庫医科大学臨床遺伝部

Key words
◉ 遺伝性腫瘍症(hereditary tumor syndrome),◉ APC 遺伝子(APC gene),◉ 家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis),◉ 甲状腺癌(thyroid cancer),◉ 乳頭癌(papillary cancer)

要旨
甲状腺癌の一部には家族性発生を示すものがあり,発症年齢は若く,甲状腺内に多発する。家族性大腸腺腫症で合併する甲状腺癌は,篩(・モルラ)亜型乳頭癌と呼ばれる組織学的特色を示すため,その組織学的特色から患者の背景疾患である家族性大腸腺腫症を想起することが可能である。大腸癌が患者の予後決定病変であるので,乳頭癌篩亜型を診断したときは,家族性大腸腺腫症の患者背景が疑われることを指摘し,大腸病変の検索を臨床医に促すことが病理医の重要な役割である。

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ヨウ化カリウム内服中にテクネチウムシンチグラフィを行い,無痛性甲状腺炎と誤診した軽症バセドウ病の2例

濵田 勝彦,丸田 哲史,溝上 哲也,東 輝一朗,田尻 淳一
田尻クリニック

Key words
◉ テクネチウムシンチグラフィ(technetium scintigraphy),◉ バセドウ病(Gravesʼ disease),◉ 無痛性甲状腺炎(painless thyroiditis),◉ ヨウ素過剰(iodine excess)

要旨
ヨウ化カリウム(KI)服用中のバセドウ病患者に99mTcシンチグラフィを行い,無痛性甲状腺炎と誤診した2例を経験した。【症例1】33才,女性。チアマゾールによる好中球減少症あり,KIに変更後当院へ紹介。99mTc摂取率0.2%で無痛性甲状腺炎と診断。KI中止1ヵ月後FT4値上昇し,99mTcシンチグラフィ再検。摂取率2.4%でバセドウ病と診断。【症例2】30才,女性。産科にて甲状腺ホルモン高値を指摘され,妊娠6週で当院受診。TRAb 5.2 IU/Lからバセドウ病と診断しKI 開始。1週間後流産にて来院。99mTc摂取率0.3%より無痛性甲状腺炎と診断し,KI中止。1ヵ月後FT4高値持続のため99mTcシンチグラフィを再検したところ摂取率2.8%で,バセドウ病と診断。軽症バセドウ病の場合,KI服用中に99mTcシンチグラフィを行うと取り込みが低下し,診断を誤る可能性があり,注意を要する。

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[興味ある発表]

重度バセドウ病(GD)に対するMMI 30mg単独(M30)療法とMMI 15mgとヨウ素38mg併用(M15+I)療法の初期治療効果,有害事象および寛解率の比較

渡邊 奈津子*1,吉村 弘*1,佐藤 尚太郎*2,鈴木 美穂*1,松本 雅子*1,國井 葉*1,向笠 浩司*1,吉原 愛*1,大江 秀美*1,小林 佐紀子*1,鈴木 菜美*1,亀田 俊明*1,伊藤 公一*1
*1:伊藤病院,*2:昭和大学藤が丘病院内分泌代謝科

Key words
◉ バセドウ病(Gravesʼ disease),◉ メチマゾール(methimazole),◉ ヨウ素(iodine),
◉ 寛解(remission),◉ 有害事象(adverse effect)

要旨
GDに対するM15+I療法はヨウ素による寛解率への悪影響が懸念される。このため,治療効果,有害事象に加え寛解率を比較した。未治療GD310例(男女比1:4,年齢中央値35[範囲12~74]歳,FT4 7.8[5.0~7.8] ng/dL,TRAb 21[0.6~66]IU/L,甲状腺重量41[13~179]g)を無作為にM15+I群,M30群に割付け前向きに検討した。1,2ヵ月後にFT4が基準値内となる割合(%)は,M30群で25,63,M15+I群では45,74と高く(p値は順に0.0001,0.04),MMIの有害事象は,M15+I群で低かった(8 vs. 15%,p=0.04)。Intention to treat法による寛解率は,M30群15%,M15+I群20%で有意差は認めなかった(p=0.23)。M15+I療法は治療効果,有害事象の点で優れ寛解率へ悪影響せず有用な治療法と考えられた。

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シリーズ[ちょっとした疑問]

福島県小児甲状腺健診で小児甲状腺癌が以前の予想より多かったことについて

鈴木 眞一
福島県立医科大学甲状腺内分泌学講座,福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センター甲状腺検査部門

Key words
◉ 超音波検査(ultrasound examination),放射線被曝(radiation exposure),甲状腺癌(thyroid carcinoma),微小癌(microcarcinoma),スクリーニング効果(screening effect)

要旨
事故後福島県では甲状腺超音波検査による健診が始まり3年を経過した。検査受診者が増加するとともに甲状腺癌の発見数も増加し,福島で甲状腺癌が増加しているのではないかと危惧された。甲状腺癌の罹患率の上昇なのか,今までに類をみない健診を行ったことによる発見率の上昇なのか,本稿執筆時点での答えは後者である。そもそも,甲状腺検査を開始する際に甲状腺癌の発見率は正確には予想されていない。超音波健診によるスクリーニングバイアスがあることから,発見率の増加については予想していた。しかし,発見率は超音波検診の精度によっても異なるためである。現時点で発見された甲状腺癌は放射線の影響とは考えにくい。また発見率に関しては年度ごと,地域ごとにも大きな差は認めていない。甲状腺癌の増加は大規模な,高い受診率で,高い精度の超音波検査を実施したことによって生じているものであり本健診を今後長きにわたり継続実施していくことが最も重要である。

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