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学会雑誌抄録

『日本甲状腺学会雑誌』 2015年10月号(Vol.6 No.2)

[特集1]日常臨床に潜む甲状腺機能異常の最近の話題

潜在性甲状腺中毒症と心疾患

潜在性甲状腺機能低下症の疫学と治療 ─ 再検と経過観察,および患者への十分な説明を ─

潜在性甲状腺機能異常症の妊娠と出産後管理

指定難病となった甲状腺ホルモン不応症

[特集2]甲状腺癌の病理診断:新たな展開

乳頭癌特殊型

低分化癌

細胞診報告様式:ベセスダシステム

[症例報告]

甲状腺クリーゼに全身リンパ節腫脹,脾腫および汎血球減少,さらには複数の自己抗体の上昇を認め,造血系疾患や自己免疫疾患の鑑別を要した Basedow 病の一例

[特集1]日常臨床に潜む甲状腺機能異常の最近の話題

潜在性甲状腺中毒症と心疾患

今泉 美彩
長崎大学病院内分泌・代謝内科(第一内科)/放射線影響研究所臨床研究部

Key words
◉ 甲状腺中毒症(thyrotoxicosis),◉ 心房細動(atrial fibrillation),◉ 心不全(heart failure),
◉ 冠動脈疾患(coronary heart disease)

要旨
持続する潜在性甲状腺中毒症は,心拍数の増加,上室性および心室性期外収縮の増加,左室重量の増大,拡張機能障害,凝固系の変化など心血管系に多彩な影響を及ぼす可能性が示唆されている。潜在性甲状腺中毒症では心房細動のリスクが高い。また,最近のプール解析などで潜在性甲状腺中毒症では,心不全,冠動脈疾患,心房細動,総死亡のリスクが高く,TSH 0.10mIU/L未満で特にリスクが高いことが報告されている。

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潜在性甲状腺機能低下症の疫学と治療 ─ 再検と経過観察,および患者への十分な説明を ─

武田 京子
聖路加国際病院臨床検査科

Key words
◉ 潜在性甲状腺機能低下症(subclinical hypothyroidism),◉ 疫学(epidemiology),◉ 甲状腺刺激ホルモン(TSH),◉ 基準値(reference range),治療(treatment)

要旨
潜在性甲状腺機能低下症は,血中サイロキシン(T4)あるいは遊離サイロキシン(FT4)値は基準範囲にありながら,血中甲状腺刺激ホルモン(TSH)値のみが基準値を超えて高値を呈する病態である。当院では,健診で潜在性甲状腺機能低下症と判定された頻度は約4%であった。血中TSH値10µU/mL以上では,甲状腺ホルモン補充を考慮する。血中TSH値が10µU/mL未満では,年齢,基礎疾患を鑑み,総合評価のうえで補充を考慮する。特に,年齢が80~85歳を超える場合には治療に慎重でなければならない。

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潜在性甲状腺機能異常症の妊娠と出産後管理

荒田 尚子
国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター母性内科

Key words
◉ 潜在性甲状腺機能低下(subclinical hypothyroidism),◉ 甲状腺自己免疫(thyroid autoimmunity),
◉ 橋本病(Hashimoto thyroiditis),◉ 妊娠(pregnancy),◉ 産後甲状腺炎(postpartum thyroiditis)

要旨
潜在性甲状腺機能異常症のうち,甲状腺自己抗体陽性のTSH値が2.5µIU/mL以上の潜在性甲状腺機能低下症は流・早産などのリスクが確実に高く,治療介入がそのリスクを軽減させるので十分なレボチロキシン投与を行う必要がある。一方で,甲状腺自己抗体陽性かつ甲状腺機能正常の場合,甲状腺自己抗体陰性かつTSH値が2.5µIU/mL以上で一般基準値上限値以下の場合は,流・早産などの何らかの妊娠リスクは予想されるものの,介入の有効性の証拠は十分とはいえないことから,症例ごとにその対応を検討する必要がある。

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指定難病となった甲状腺ホルモン不応症

石井 角保
群馬大学大学院医学系研究科病態制御内科学

Key words
◉ 甲状腺ホルモン不応症(syndrome of resistance to thyroid hormone:RTH),
◉ TSH不適切分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of TSH:SITSH),
◉ 指定難病(designated rare/intractable diseases)

要旨
2015年1月より甲状腺ホルモン不応症(syndrome of resistance to thyroid hormone:RTH)が新たに指定難病に認定され,重症度分類で中等度以上に相当する症例が医療費助成の対象となった。それに伴い,対象症例を正確に診断して助成することを目的として,RTHの診断アルゴリズムをもとに診断基準が策定された。RTHはBasedow病と間違えられて不必要な治療をされてしまうこともあり,TSH不適切分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of TSH:SITSH)と通常の甲状腺中毒症の鑑別が重要である。また,SITSH症例の鑑別診断においては,「真のSITSH」か否かという点と,TSH産生下垂体腫瘍とRTHの鑑別が鍵となる。診断基準,重症度分類,診断アルゴリズムとも,よりよいものを目指して現在も改良が進められている。

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[特集2]甲状腺癌の病理診断:新たな展開

乳頭癌特殊型

加藤 良平*1,菅間 博*2
*1:山梨大学医学部人体病理学講座,*2:杏林大学医学部病理学教室

Key words
◉ 乳頭癌亜型(papillary carcinoma subtype),◉ 濾胞型乳頭癌(papillary carcinoma, follicular variant),◉ 充実型乳頭癌(papillary carcinoma, solid variant),◉ びまん性硬化型乳頭癌(papillary carcinoma, diffuse sclerosing variant),◉ 篩型乳頭癌(papillary carcinoma, cribriform variant)

要旨
甲状腺乳頭癌には多くの亜型が報告されている。これらの亜型の病理形態像や臨床的態度はそれぞれ特徴的だが,なかでも濾胞型は頻度が高く,その診断はしばしば問題となる。一方,充実性構造を示す乳頭癌は,わが国の『甲状腺癌取扱い規約 第6版』では低分化癌として診断されてきたが,まもなく発刊される『甲状腺癌取扱い規約 第7版』では乳頭癌の1亜型(充実型乳頭癌)となることが予定されている。びまん性硬化型乳頭癌は,若年者に多い特殊型で,臨床的に橋本病との鑑別が問題となる。高度なリンパ管侵襲とびまん性リンパ球浸潤が特徴である。転移が広範にみられることがあるが,外科的切除により予後良好である。篩型乳頭癌は,家族性大腸腺腫症の原因遺伝子変異を背景に若い女性に生じる特殊型である。コロイドを伴わない篩状構造やモルラが特徴で,両葉に多発するが,甲状腺全摘によりほぼ完治する。

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低分化癌

近藤 哲夫
山梨大学医学部人体病理学講座

Key words
◉ 甲状腺(thyroid gland),◉ 低分化癌(poorly differentiated carcinoma),
◉ 島状癌(insular carcinoma),◉ トリノ提案(Turin proposal)

要旨
甲状腺低分化癌は,濾胞上皮への分化を伴うまれな悪性甲状腺腫瘍である。生物学的態度と病理組織所見は,予後良好な分化癌(乳頭癌,濾胞癌)と致死性の未分化癌との中間的な特徴を示す。甲状腺低分化癌は1983年にSakamotoら,1984年にCarcangiuらによって提唱された疾患概念で,以後2004年のWHO分類,2005年のわが国の『甲状腺癌取扱い規約 第6版』,2007年トリノ提案のなかで疾患概念や診断基準が整理,細分化されてきた。しかしながら,いくつかの課題については研究者間でも議論が続いているのが現状である。ここでは甲状腺低分化癌の概念と定義,病理診断上の今後の課題について概説する。

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細胞診報告様式:ベセスダシステム

廣川 満良*1,鈴木 彩菜*2,越川 卓*3
*1:隈病院病理診断科,*2:隈病院臨床検査科,*3:愛知県立大学看護学部

Key words
◉ 甲状腺(thyroid),◉ ベセスダシステム(Bethesda system),
◉ 細胞診報告様式(reporting system),◉ 嚢胞液(cyst fluid)

要旨
2007年,米国メリーランド州ベセスダにて,甲状腺細胞診に関する会議が行われた。そこで合意された用語と形態的基準を用いた新しい甲状腺細胞診報告様式であるThe Bethesda System for Reporting Thyroid Cytopathology(BSRTC)が提唱され,現在,甲状腺細胞診報告様式の国際基準となっている。わが国でも『甲状腺癌取扱い規約 第7版』では,BSRTCに準拠した様式に改訂されるが,わが国の状況にあわせて一部改変がなされている。本稿では,BSRTCおよび『甲状腺癌取扱い規約 第7版』の骨子を紹介している。

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[症例報告]

甲状腺クリーゼに全身リンパ節腫脹,脾腫および汎血球減少,さらには複数の自己抗体の上昇を認め,造血系疾患や自己免疫疾患の鑑別を要した Basedow 病の一例

酒井 保葉*1,山岡 正弥*1,坂上 貴章*1,高比 康充*1,木村 武量*1,2,北村 哲宏*1,小澤 純二*1,安田 哲行*1,松岡 孝昭*1,大月 道夫*1,中田 幸子*1,髙野 徹*1,今川 彰久*1,船橋 徹*1,3,下村 伊一郎*1

*1:大阪大学大学院医学系研究科内分泌・代謝内科学,*2:大阪大学大学院医学系研究科糖尿病病態医療学寄附講座,*3:大阪大学大学院医学系研究科代謝血管学寄附講座

Key words
◉ 甲状腺クリーゼ(thyrotoxic crisis),◉ リンパ節腫脹(lymphadenopathy),◉ Basedow病(Gravesʼ disease),
◉ 脾腫(splenomegaly),◉ 汎血球減少(pancytopenia)

要旨
症例は41歳男性。主訴は労作時呼吸困難,下腿浮腫・陰嚢水腫。37歳時,甲状腺機能亢進症と診断され加療を受けるも,その後自己中断していた。頻脈,発汗増加といった甲状腺中毒症所見,FT3 25.7pg/mL,FT4>6ng/dL,TSH感度以下,TSHレセプター抗体(TRAb)>40IU/mL,38℃の発熱,心房細動を伴う高拍出性心不全,下痢などの消化器症状を認め,Basedow病に伴う甲状腺クリーゼと診断した。ヨウ化カリウム,チアマゾール,副腎皮質ステロイドによる加療で甲状腺ホルモン値は改善を認めた。受診時から脾腫,汎血球減少,全身リンパ節腫脹,sIL-2R高値(4,958 U/mL)を認めていた。血液疾患の合併を疑い,骨髄穿刺を行ったが異型細胞,悪性リンパ腫を疑う細胞や染色体異常は認めなかった。これらの所見は甲状腺ホルモン値の改善とともに改善傾向を示し,経過からはBasedow病に関連したものと考えられた。

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